米国司法省、新たな指針による海外腐敗行為防止法(FCPA)執行に注力
2025年6月9日、米国司法省(United States Department of Justice、以下「DOJ」)副長官トッド・ブランチ氏は、DOJによる「海外腐敗行為防止法(以下「FCPA」)の調査および執行に関する指針」(以下「本指針」)に関するメモを発出しました。
本指針は、2025年2月10日にトランプ大統領が発令した大統領令(以下「本大統領令」)を受けたものです。本大統領令では、DOJに対し以下の措置を講じるよう指示しています。
- 司法長官が個別の例外を認めると判断しない限り、新たなFCPA調査および執行措置の開始を停止すること。
- FCPAの執行が本来の枠内に収まり、大統領の外交政策上の裁量権が尊重されるように、すべての現行のFCPA調査または執行措置を詳細に見直し、適切な措置を講じること。
- 米国憲法第2条に基づく大統領の外交権限の強化を推進し、米国の国益、他国に対する経済競争力、および連邦法執行リソースの効率的な活用を優先するために、必要に応じて指針や方針を改定・発出すること。
本大統領令に関する当事務所の過去のクライアントアラートも併せてご参照ください。
2025年6月10日の声明において、ブランチ司法副長官は、新たに発表された指針について、法執行の取組みが「米国の国益を推進する」ことを確保するものであり、その一環として「米国の国家安全保障や競争力に明確に関係する案件に検察リソースを重点的に配分する」と述べました。
また同日、米国司法省刑事局長マシュー・ガレオッティ氏は、本指針および司法省刑事局が2025年5月12日に公表した「ホワイトカラー犯罪に関する執行計画」に関する見解を補足しました。同氏は、アメリカン・カンファレンス・インスティテュート主催の「グローバル腐敗防止・倫理・コンプライアンス会議」において、司法省刑事局としては企業に対する法執行を引き続き優先事項と位置づけ、ホワイトカラー犯罪の捜査を「積極的に追及し続ける」との方針を示しました。
本クライアントアラートは、FCPAに関するDOJの現行の捜査および執行方針の更新内容を整理するとともに、今回の本指針を踏まえて企業が検討すべき主要な論点および対応策の選択肢を提示するものです。
DOJによるFCPA調査・執行戦略に関する主な更新点
本指針は、DOJが特定の重点分野に焦点を当て、引き続きFCPAの執行に取り組む方針を明確にしています。また、本指針では、FCPAに関する調査および執行措置の実施を検討する際に、検察官が考慮すべき要素が例示的(non-exhaustive)に示されています。これらの要素は、FCPAに関する優先課題を取りまとめた2025年2月5日付パム・ボンディ司法長官のメモ(以下「ボンディ・メモ」)およびトランプ大統領による本大統領令の趣旨と概ね一致し、それらをさらに発展させた内容となっています。
- 重点分野①カルテルおよび国際犯罪組織の根絶: 問題とされる不正行為が、カルテルまたは国際犯罪組織(Transnational Criminal Organizations)に直接的または間接的に関連しているかどうかが評価の対象となります。たとえば当該行為が、カルテルや国際犯罪組織によって利用されている資金洗浄者(money launderers)やペーパーカンパニーを通じて実行されている場合などが含まれます。本指針では当要素を「主要な考慮事項」と位置づけており、DOJが国際犯罪組織やカルテルとの関係が認められない事案については、「執行の焦点から外す」との方針を採ることを、ボンディ・メモの文言を引用するかたちで明確にしています。
- 重点分野②米国企業に対する公正な競争機会の確保: 問題とされる不正行為が、法令を遵守する米国企業または個人に対して、不当な競争上の不利益または経済的損害を与えているかどうかが、重要な考慮要素とされています。本指針の脚注には「歴史的に見て、最も悪質な贈賄スキームの多くは、外国企業によって行われてきた」との記載があり、一見すると外国企業への執行強化を志向するようにも読めます。しかし、本指針は、FCPAの執行において「個人または企業の国籍に基づいて特定の者を対象とすることはない」と明言しており、実際の指令の焦点は、当該行為が「法令を遵守する米国企業に不利益を与えているか否か」にあります。言い換えれば、仮に米国企業であっても、その行為が他の米国企業の正当な利益や、米国の国家安全保障上の利益を損なう場合には、DOJの調査・執行の対象となる可能性があります。
- 重点分野③米国の国家安全保障の推進: 問題とされる不正行為が、防衛、情報、重要インフラ等の国家安全保障関連分野や資産に関与する腐敗した外国公務員への贈賂を伴うかどうかが、考慮要素とされています。この考慮要素は、本大統領令の趣旨と整合しており、本大統領令では「国家安全保障は、重要鉱物、(大型外航船が接岸可能な)深水港(deep-water port)、その他の主要インフラや資産の分野において、米国およびその企業が戦略的優位性を確保することに大きく依存している」と明記されています。
- 重点分野④重大な不正行為に対する捜査の優先: 当該捜査が「重大な不正行為」を対象としているかどうかが、考慮要素となります。本指針では、「日常的な」または「一般に容認されている」業務慣行、および「儀礼」、あるいは少額の贈答・接待等については、原則として捜査・執行の優先対象とすべきではないと明示しています。一方で、捜査が適切とされるのは、「当該不正行為が特定の個人に結びついており、汚職の意図が強く示されている場合」であり、具体的には、以下のような要素が該当します。
- 「多額の賄賂の支払い」
- 「賄賂の支払いを隠すための巧妙かつ組織的な隠蔽工作」
- 「贈賄スキーム遂行における詐欺的行為」
- 「司法妨害の試み」
本指針は、前述の4要素が「限定列挙されたものではない(non-exhaustive)」ことを明確に示しており、検察官は「連邦訴追の原則(Principles of Federal Prosecution)に従う義務がある」旨も明記しています。従って「特定のFCPA調査や執行措置を新たに開始すべきかどうか」を判断するにあたり、本指針で示された4要素に加え、その他の様々な要素を含めて総合的に検討することが検察官に求められています。
また本指針は、FCPA調査および執行措置の件数の絞り込みと、企業に対する過度な負担の回避を意図していることも明示しています。検察官は、以下の観点を留意するよう求められています。
- 処分手続きによって生じる「二次的影響(collateral consequences)」のみならず、「調査の過程全体を通じて生じる適法な事業活動への影響や、企業の従業員に対する波及的な影響も検討対象とする」こと。
- 「刑事上の不正行為に関与した個人の責任追及」に重点を置き、「明確でない不正行為について法人組織全体に責任を帰さない」こと。これは、法人責任よりも個人の不正行為者に対する直接的な責任追及を重視する方向性を示唆しています。
- 「問題となった不正行為について、外国の適切な法執行当局が調査および訴追を行う意思および能力を有しているか否かを検討する」こと。これは外国当局が同等またはそれ以上の対応能力を持ち、かつ積極的に対応する意思がある場合には、米国当局(DOJを含む)による並行調査が相当でないと判断される可能性があることを示しています。
最後に、本指針の下では、新たなFCPA調査または執行措置を開始するにあたり、「司法省刑事局の局長、またはその職務を代行する者、あるいはそれ以上の上級職員」の承認が必要とされます。この方針により、個別の案件が本指針の適用範囲に合致するか否かを事前に精査する体制が整備されることとなり、結果として新規案件の着手件数がさらに抑制される可能性があります。
実務への影響と今後の見通し
本指針が実務においてどのように適用され、将来のFCPA執行が従来の方針からどの程度変化するかについては、現時点ではなお不透明な部分が残ります。
他方で、本指針には、過去の政策文書やこれまでの執行実績と整合する点もあり、以下の点は従来の方針を踏襲するものと考えられます。
- DOJはこれまでの過去の複数の政権下において個人責任の追及(individual accountability)を一貫して重視してきました。
- FCPAの主要な執行事例の大半は、米国外の企業に対してのものであり、これは本指針内でも言及されています。
- バイデン大統領が署名した最初の国家安全保障研究覚書(National Security Study Memorandum、これを受けて「汚職対策に関する米国戦略」United States Strategy on Countering Corruptionが策定)においては、汚職対策が「米国の中核的な国家安全保障上の利益」であると明示されるとともに、「汚職に関与した個人および国際犯罪組織への責任追及」を含む対策戦略の策定が指示されました。
しかしながら、本指針には変更も見られます。DOJは、FCPAの執行にあたり、従来よりも的を絞った戦略を採用する姿勢を打ち出しています。重点対象とされる分野の中には、これまで執行対象となることが比較的少なかった新領域(とくにカルテル)が含まれており、これらは、過去に当局の執行が集中していた業種とは異なります。
概括的に見れば、本指針は、FCPAの執行が今後も継続されること、および、米国の経済的利益や国家安全保障上の利益を損なう腐敗行為に対する刑事訴追にこれまで以上に重点を置く方針を明確に示しています。他方で、通常の贈答やビジネス上の接待、またはいわゆるファシリテーション・ペイメントに対する執行リスクは、相対的に低下する可能性が示唆されています。
また、米国証券取引委員会(以下「SEC」)によるFCPA関連の民事執行プログラムが、本指針下での新たなFCPA執行体制にどのように組み込まれるかは、現時点では依然として不透明です。2025年3月、SECの執行部代理副委員長は、「SECは当然ながらDOJの方針に従うことになる」との見解を示しましたが、これに対し、新たに就任したポール・アトキンスSEC委員長は、最近の議会公聴会において、FCPA執行を一時停止した本大統領令はSECには影響を及ぼさないとの認識を述べていました。このように、SECが最終的にFCPA執行においてDOJと歩調を合わせるか否かは、なお見通せない状況です。
以上を踏まえ、企業においては、FCPAリスクの低減およびコンプライアンス体制の強化に向けて、以下の観点から現行の体制・取組みの見直しを検討することが望まれます。
- 自社の事業活動が、FCPAの執行対象における重点分野(たとえば、カルテルや国際犯罪組織のリスクが存在する地域、あるいは国家安全保障上の観点から重要とされる業種・セクター)とどのように関係しているかを評価し、リスクの高い事業領域に対して優先的にコンプライアンス対応を講じる必要があります。このような優先対応には、社内研修、実務指針の整備、監査・モニタリング体制の構築・強化などの企業の直接的な関与を伴う手続・活動を、リスクが高い事業エリアに集中的に実施することが含まれます。
- カルテルや国際犯罪組織が活動する地域で事業展開または利害関係を有する企業においては、自社の事業運営を見直し、カルテルとの接点(touchpoints)をすべて正確に把握しているかを確認すべきです。カルテルは、しばしば多国籍企業に対して、無償での物品輸送、保護料、その他の便益の提供を要求することで知られており、この種の関与は、外国麻薬王指定法(Foreign Narcotics Kingpin Designation Act)の適用対象となる可能性もあります。
- 外国政府(非米国)が関与する入札案件も、特に米国企業との競合が見込まれる場合には、FCPA上のリスクが高い分野といえます。とりわけ、防衛、情報、インフラ、深水港、重要鉱物などの重点分野に関する案件については、注意が必要です。このような非米国政府案件に応札する企業は、リスクの高い取引を特定したうえで、追加的なコンプライアンス監督を導入することを検討すべきです。
- 本指針上では、企業の国籍に基づく執行を否定する旨が明示されているものの、外国民間発行団体やDOJの管轄権が及ぶ可能性のある非米国企業、特に上記の重点分野に関わる企業については、捜査対象となるリスクを軽減するため、コンプライアンス体制の実効性・堅牢性を確保しておくことが極めて重要です。
- 本指針では、「社会通念上相当とされるビジネス上の儀礼(generally accepted business courtesies)」ではなく、「重大な贈賄(substantial bribery)」に関する事案を優先的に取り扱う方針が示されていますが、それでも企業は、贈答、会食、接待などのビジネス儀礼に対する管理を緩めるべきではありません。多くの国においては、政府関係者が受け取ることのできる物品や便益に制限が設けられており、コンプライアンス管理は、そうしたビジネス儀礼が適切な範囲に収まるよう確保する上で重要です。また、個々の行為が軽微に見える場合であっても、累積によって「重大なもの」と見なされるおそれがあることから、企業は引き続き、ビジネス儀礼に関する管理体制の整備・運用を推進していくべきです。さらに、データ分析等のツールを活用し、贈答・接待等のビジネス儀礼やその他の取引における傾向、パターン、方針違反を特定することにより、より重大な問題の兆候を把握するよう努めることが望まれます。
新たに策定されたDOJの本指針は、リスクベースかつ実効性のあるコンプライアンス・プログラムの構築において、重要な文脈として捉えるべきものです。また、企業が不正リスクや実際の問題発生時における当局対応戦略を検討する際にも、本指針の内容を踏まえることが求められます。たとえば、本指針は以下のような企業が判断を行う際に考慮すべき観点を示しています。
- 事実関係がDOJの関心対象となりうるかどうか
- 自主開示(self-disclosure)が相当かどうか
- 外国当局による執行の可能性や当該企業への影響などを踏まえ、DOJによるさらなる調査・執行を回避すべきと抗弁しうるかどうか
本指針がFCPA執行における抜本的な転換点となるのか、それとも段階的な調整にとどまるかにかかわらず、企業はこれらの最新動向に留意し、自社のコンプライアンス体制や対応戦略を適宜見直すことが適切と考えられます。
Endnotes
この出版物は、レイサムアンド ワトキンスがクライアント及び関係者へのニュース配信サービスとして 発行しているものであり、法的アドバイスを行うことを意図したものではありません。本書のテーマについての詳細な分析又は 説明が必要な場合には、通常ご連絡いただいている当事務所の弁護士へお知らせください(当事務所の弁護士が資格 を有しない法域の法律事務につき勧誘するものではありません)。当事務所の弁護士広告及び利用規約については、こちらをご覧ください。